【消えた天才・体操】大畠佑紀の現在は?仕事や年収などwiki風プロフ!




若干14歳(中学3年)にして全日本体操競技選手権大会を優勝し、将来有望とされた大畠佑紀さん。

段違い平行棒を得意とし、翌年の国際ジュニア大会で優勝、さらに次の年のアジア大会で3位入賞と誰もがオリンピック出場を期待し注目が集まりましたが、高校卒業後、体操界から姿を消しています。

若くして日本のトップアスリートにまで登り詰めたにも関わらず、何故こんなにも早く引退してしまったのか気になりますよね。

ここでは体操選手としての経歴や現在の仕事、年収についてなどwiki風にまとめてみました。

■wikiプロフ

大畠佑紀さん

出典:apt-women.tokyo

*生年月日:1982年1月18日 37歳(2019年現在)

*出身:埼玉県

*血液型:A型

*高校:戸田高校

*大学:筑波大学

大切な習慣は「笑う!」とだけあって、笑顔がとても素敵な人ですね。

・体操

叔母が器械体操の振付師だったことが影響し3歳で器械体操を始める。

彼女自身の負けず嫌いな性格と身内が体操関係者ということもありぐんぐん上達。

中学時代の大会でもほとんど上位の結果で、優勝した全日本選手権でも周りからは優勝するだろうと期待されていたという。

・体操引退

優勝後も日本代表としてアジア大会で個人種目別で銅メダル、団体で銀メダルを獲得するなど活躍。

オリンピック出場という夢があったものの、優勝したことでプレッシャーが重くのしかかり自分の実力を発揮できず、コーチとの方向性の違いなども重なり、モチベーションが下がり高校卒業を機に引退。

年齢、経験的にもこれからという時に引退を選択するということは簡単なことではなかったと思います。

ましてや実力も実績もある中でなので、周囲にも反対されたり、応援されたり、励まされたり、あったはずです。

それでも引退という道を選択したことは、本人にしか分かりえない精神的な負担を抱えていたのだろうと推察できますね。

14歳という心が成熟しない内に優勝し期待されたことで、歯車が狂ってしまったのかもしれません。

・引退後の経歴~現在

2005年3月:筑波大学卒業

2005年4月:『株式会社インテリジェンス』入社

2007年10月:外資系ベンチャー企業の日本での立ち上げ・運営に携わる

2009年3月:GPSを活用したモバイルマーケティング支援『株式会社ガプスモバイル』の立ち上げメンバーとして参画

2011年11月:単身シンガポールに渡り『Reginaa Pte. Ltd.』を設立

出典:english.cheerup.jp/article/111

高校卒業後は一浪して筑波大学へ入学。

大学ではダンスに明け暮れ、それが現在の好きなスポーツのひとつとなっており、アルビレックス新潟のチアダンススクールの講師を務めるまでになっています。

大畠佑紀

出典:tsukubaway.com/

体操の経験が大いに活かせていますね。

現在はシンガポールでReginaa(レジーナ)というクーポン配信などで集客支援する会社を立ち上げ活躍しています

会員数も数十万人規模でクーポンの仕掛けで行列の出来るお店を作り出すことにも成功しているようです。

大畠佑紀

出典:english.cheerup.jp

ちなみに社名の意味はラテン語で「女王」で“全て自分の思い通りにしたい”ということが由来だそう。

持ち前の明るさと行動力でここまで成長し、これからも益々活躍してくれることと思います。

・年収について

大学卒業に入社している株式会社インテリジェンス(現パーソルキャリア)の給与情報を見ると入社した時の年齢23歳と思われますが、女性で300万円の年収となっております。

(この時には仕事ではなく、丸の内ブランドに惹かれ入社したことで、わずか半年で退社しています。)

それから様々な経験を重ね会社を立ち上げるまでになっています。

残念ながら、現在の会社の社長としての年収は情報がなく、わかりませんでした。

社会人1年生の会社と比較するのも見当違いかもしれませんが、株式会社インテリジェンス(現パーソルキャリア)の35~39歳の女性の年収が350万円前後とされており、これの倍くらいは稼いでいて欲しいですね。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

若くして体操日本のトップを取ったものの、紆余曲折を経て華麗な転身を成し遂げた大畠佑紀さん。

異国の地で頑張っているようなので日本から応援して行きましょう。

【消えた天才】出演

2019年8月25日放送の消えた天才に「14歳で体操日本一に輝いた天才少女!…現在は衝撃転身」として出演されていました。

他にも消えた天才として

松井稼頭央さんとPL学園時代の同級性阿知波重尚さん

甲子園のルール変更のきっかけとなった大野倫さん

サッカー稲本潤一さんが衝撃受けながらも22歳で引退した小松原学さん

などの記事も書いていますので、興味あればご覧下さい。