高野虎市(喜劇映画チャップリンの日本人マネージャー)wiki風プロフ┃世界なんだコレ!?ミステリー




喜劇王と呼ばれたチャールズチャップリン。

白黒映像でセリフも無い中、笑いを生み出す、コメディーを作り上げた人と言っても過言ではないでしょう。

もちろん世界的に有名で、全世界で愛された人の一人です。

そんなチャップリンのマネージャーを務めていたのは日本人の高野虎市さんです。

高野虎市

出典:/cinepara.iinaa.net

親日家でもあったチャップリンの運転手の募集に応募したことで日本人というだけで採用され、2人の関係が始まっています。

世界的に活躍していたチャップリンのマネージャーが日本人だなんて、誇らしくもどんな人だったのか気になりますよね。

ここではチャップリンのマネージャーとして働いた日本人、高野虎市さんのプロフィールをwiki風に紹介していきます。

■wiki風プロフィール

生年月日:1885年生まれ

出身:広島県

・略歴

1885年:広島県安佐-郡八木村(現・広島市安佐南区八木)の裕福な家庭に生まれる。

1900年:アメリカに移民として渡る。(資料には留学と書かれたものもあるが移民として渡った)

1916年:チャップリンに運転手として雇われ、のちに秘書となる。

1932年:一時帰国。広島八木の実家に立ち寄り、地元に警鐘台を寄贈する。

1956年:日本に帰国して1971年3月19日に死去。

出典:ja.wikipedia.org/

■チャップリンとの出会い

チャップリンの運転手として採用されたことが2人の出会いとなります。

運転手としての雇ったものの、高野さんの仕事ぶりを高く評価し運転手のみならず、身の回りのことなどを任せマネージャーとしての仕事をさせるようになる。

こんな真面目な日本人の国を見てみたいと1932年には来日を果たす。

この時、チャップリンの暗殺計画が噂されており、その不穏な動きを察知した高野さんがチャップリンに皇居に向かって一礼させることで印象を良くした見せたという。

いくつか説はありますが、これが暗殺を免れた理由のひとつとされています。

チャップリンは高野さんに豪邸を与えるなど、相当な信頼関係を築いていたようです。

・チャップリンとの別れ

18年間マネージャーとして務めた高野さんでしたが、チャップリンの奥さんへ浪費癖を注意したことがきっかけでマネージャー職を降りることになったという。

注意を受けた奥さんが怒ってチャップリンに高野さんを辞めさせるよう仕向けたようですね。
(高野さん自ら辞めたとされています)

それでもチャップリンは莫大な退職金を用意したり、次の職、地位を用意してくれてたりと
相当な信頼関係があったことがわかります。

■高野虎市さんが映画出演

高野虎市さんはチャップリンの映画に出演しております。

これは本来出演予定だった俳優が二日酔いとい理由で撮影に参加できず、急遽出演したようです。

高野虎市が運転手役として出演した映画のシーン

こちらは映画のメイキング的な映像です。

途中いい笑顔の高野さんが映ります。(3分54秒頃から)

すぐに一礼するあたりが日本人らしさを感じますね。

■トリビアの泉

高野虎市さんとチャップリンの関係は過去に何度かテレビでも取り上げられ、2002年~2012年まで放送されたブームにもなった「へぇ~」でお馴染みのトリビアの泉でも紹介されています。

その時の映像がありました。

短く、見やすくまとめているのでわかりやすいのではないでしょうか。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

日本人の勤勉さが大いに評価されたということがよく分かり、日本人であることを誇りに感じます。

日本人の真面目さは世界に通じる。

これは現代においても変わらないのではないでしょうか。

日本人らしく、胸張って生きていきましょう!